
ヴェンダース監督の「アンゼルム」は2023年5月17日に第76回カンヌ国際映画祭のワールド・プレミアで上映され、同年の東京国際映画祭でも上映されました。が、私は見ることができませんでした。「PERFECT DAYS」の方が先行で上映されたので、いつか観られるだろうかと不安になりましたが、2024年3月頃、日本での公開が発表され、胸をなで下ろしました。ヴェンダースのドキュメンタリータッチで実在の人物を取り上げた作品は外れがありません。キューバのミュージシャンたちに始まり、ピナ・バウシュ、セバスチャン・サルガド、法王フランチェスコ‥。基本的にはノンフィクションですが、回想でフィクションが入ったり、過去のインタビュー映像と現在の作品をつなげたり、ヴェンダースのカラーが存分に発揮されています。
2024年6月21日に公開され、23日と30日、2回に分けて観に行ってきました。最初は2Dで新宿武蔵野館、2回目に3DでTOHOシネマズ日比谷へ行きました。
最初に2Dにしたのは上映後に建築評論家の方のトークショーがあったためです。そのおかげで全く知らなかったキーファーのことがわずかですがつかめるきっかけになりました。1980年代後半〜1990年代に日本で展示会も開かれていたようですが、今年の4月2日〜7月13日のファーガス・マカフリーでの展覧会(Anselm Kiefer: Opus Magnum)が実に26年ぶり。文献もそれほど多くなく、『ユリイカ』1993年7月号と『美術手帖』1989年4月号。プレミアがついていますが、美術手帖の方が入手しやすいです。画集は多数出ていますが、解説書はあまりなく。ファーガス・マカフリーの展覧会図録はしっかりしているそうですが、10,000円となかなかお高い。
映画は1体の白いドレスの彫像から始まります。フランスのバルジャックにあるラ・リボートと呼ばれるキーファーの工房と呼ぶには巨大過ぎる工場のような建物があり、その敷地内にある顔のない彫像です。その後、工房の中に映像が変わって絵が移動されてきますが、その絵を押しているキーファー自身が登場すると、絵のサイズの大きさに驚かされます。キーファーは工房の中を自転車で移動していきます。そのシーンが終わると、すぐにキーファーの生まれた頃からのストーリーが始まります。写真と当時の映像を組み合わせて、戦後ドイツの歩みが描かれ、ふっとそれが終わると今度は小さなアンゼルムが登場します。これがヴェンダースの「great-nephew」とあるので“甥か姪の息子”だと思います。役名に「Anton Wenders」という名前を見つけたとき、ヴェンダースに子供や孫はいなかったはず‥と思ったら、そういうことだったんですね。
個人的に嬉しかったのが、パウル・ツェランの肉声で「死のフーガ」の朗読が登場したシーン。内容は非常に暗いものですが、やはりドイツ語の詩の「音」は美しい。映像の中で文字も投影してくれたので、わかりやすく、じっくり聴けました。「君の金色の髪マルガレーテ」はツェランの詩からインスパイアーされた作品だそうです。
冒頭の白いドレスの女性像が再び温室のような室内にたくさん展示されているシーンがあります。この“Die Frauen der Antike(Women of Antiquity/古代の女性たち)”は紀元前からの歴史上の女性の名前がそれぞれの作品についています。“Die Frauen der Revolution(Women of the Revolution/革命の女性たち)”が防空壕の中のような場所にベッドで表現していたのと打って変わって明るい場所で華やかな白に包まれていますが、顔がない、というか様々なものがのっかっていて、やっぱり無機質です。
Die Himmelspaläste(The Heavenly Palaces)は鉄筋コンクリート製の塔で、今もミラノのピレリ・ハンガービコッカ美術館にあるのだと思いますが、同じつくりのものがやはりバルジャックにあるようで、これなんか日本に運んだら地震で壊れそうです。
それにしてもこの広大な工房。キーファーはアトリエを転々としてきているようです。作品の巨大さもそうですが、それを製作できる環境も含め、芸術家としては経済的に非常にに成功していることがよくわかります。アメリカでの成功が大きいのだろうとは思います。
現在のラ・リボートは約40ヘクタール(東京ドーム8.5個分)に70以上もの作品が設置されており、2022年5月から季節限定・完全予約制で一般公開されているそうです。凄そう。
アンゼルム・キーファーの作品は当初は普通サイズの絵画でしたが、どんどん大きくなっていきます。彫塑というよりは建築物のようです。また、絵の素材も自然のもの、ブリキや鉄と様々に変わっていきます。そうすると必然的に作品は重厚でダイナミックになっていきますが、どうにも色合いが地味です。黒、茶色、灰色、深い青‥そんな色ばかりです。神話、戦争、ナチス‥ドイツの現代芸術らしい。
音楽も重厚なクラシック音楽です。レオナルド・キュスナーというまだ30歳と若い作曲家の手によるオリジナルサウンドトラックで、映像に負けないスロヴァキア・ナショナル交響楽団による演奏です。これがYouTubeにあがっています。
「PERFECT DAYS」が1960〜70年代フォーク/ロックに統一されていたのとは対照的です。あちらは多くのアーティストの曲だったのでサントラ盤つくれなかったようで、それが少し残念でした。
詳細はこちらに→アンゼルム 傷ついた世界の芸術家
「アンゼルム 傷ついた世界の芸術家」公式サイト